大西順子 × 石若駿 スペシャル対談

本物のジャズを。自分たちの音楽を。

国際的な活躍で知られる、ピアニストの大西順子。そして、打楽器奏者・ドラマーとして新世代を牽引する石若駿。サッポロ・シティ・ジャズに出演するこの両者が、自身のキャリアを振り返りながら、フェスティバルの楽しさ、さらに札幌の町の魅力について語る。

——お二人の出会いは、いつ頃だったのですか?
石若駿2012年に、東日本大震災のチャリティ・ライブがあって、そのリハーサルでしたよね。
大西順子夜中にリハーサルをやって、そのまま朝まで飲んで、ベロベロになって、朝マックしたの覚えてます(笑)。まだ駿が学生だった頃よね。
石若大学2年生でした。その次の日にオーケストラの授業があって、大遅刻して怒られました(笑)。ちなみに、僕が順子さんのライブを初めて観たのは、1999年の“サッポロ・ジャズ・フォレスト(サッポロ・シティ・ジャズの前身)”だったんです。当時5歳か6歳で、ジャズ・ファンだった父親に連れられて行きました。演奏の内容はほとんど覚えていないんですけど、3人で演奏していた景色は覚えています。
大西5歳じゃねぇ(笑)覚えてないよね。「これが、ピアノ・トリオっていうもんか」なんて(笑)。私自身も、その時のことは、あんまり覚えていないんです。当時いっぱいフェスティバルに出ていたもので。

——その後、お二人が本格的に共演するようになったのは、いつ頃からですか?
大西2013年の夏に、私がピアニスト向けの合宿セミナーを1週間やったんですけど、そのときに、生徒の共演者として、駿に参加してもらったんです。でもそのあと彼は、いろいろな仕事で忙しくなったので、たまたまスケジュールが空いた時に、やっていただくという感じで。

——一緒に演奏してみて、それぞれの印象は、いかがですか?
大西上手ですよね(笑)。
石若僕は感動しまくってました。そのチャリティ・ライブで、いちばん最初にやらせてもらった時は、曲がすごく難しくて…。
大西あ、そう?
石若自分が今までに触れたことのないような楽曲が多かったので、すごく刺激的で、勉強になったなと思っていたら、そのセミナーにも誘っていただいて、1週間、朝から晩まで一緒に音楽をやらせていただいて、さらに「スゲェ!」って感じてました。
大西まだ19歳だったもんね。

——世代の違いみたいなものを感じることはありますか?
大西彼らの親御さんが、私と同じ世代なんですね。私たちの世代ぐらいから、ロックとかジャズとかが自然に周りにあって、それに触れて育ってきて、それが当たり前になってきたわけです。彼らはそういう親たちの元で育っているから、情報の入り方が、すごく恵まれていますよね。いまは日本に居ながらにして十分に勉強できる世代が、スクスクと伸びてきたんだなって思います。
石若ところで先日、順子さんのライブで、僕の曲を演奏してもらえたのが、すごく嬉しかったんですよ。

——それは、どんな経緯で?
大西以前、私の5デイズ・ライブの1日を、駿にプロデュースしてもらったことがあったんですよ。
石若その時に持って行った僕のオリジナル曲を「この曲、今度の私のトリオでもやっていい?」って言われて。あれは嬉しかった。
大西曲を作り変えたけどね(笑)。一部分だけ使って(笑)。
石若続きを書いてくれた、と解釈しています(笑)。

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